入社式の前日の自分に、ひとつだけ教えてあげたいことがある。
「思ってたのと全然違うけど、それが普通だから」
4月1日に始まった新しい生活が、気づけばもう1週間経った。学生の頃に想像していた社会人像と、実際の1週間は、比べるのが馬鹿らしくなるくらい違っていた。でも周りの同期も同じだったし、先輩も「自分もそうだった」と言っていた。だから記録として残しておく。
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月曜日:「名前が覚えられない」問題が始まった
入社式当日。あいさつ回りだけで何十人もの人と名刺交換した。名前・部署・肩書きがついた名刺を次々に受け取り、「よろしくお願いします」を繰り返していると、午後にはもう最初の人の顔と名前が一致しなくなっていた。
研修の最初のグループワークで「まずは自己紹介を」となったとき、5分前に聞いた隣の人の名前が出てこなかった。マジで焦った。
後で聞いたら、同期の全員が同じ状態だったことがわかった。人間の記憶は一度に大量の「名前と顔と組織」を処理するようにはできていないらしい。対策として先輩に教えてもらったのは、「名刺の裏にその人の特徴をメモする」という方法だ。「背が高い」「眼鏡」「早口」といったことを書いておくと名前と顔が結びつく。今週の後半からやり始めたら少し改善した。
名前を覚えるのに苦労している自分を責める必要はない。これは能力の問題じゃなくて、情報量が多すぎる環境に放り込まれた結果だ。
火曜日:初めてのビジネスメール、想像の3倍難しかった
2日目から早速「このお客様にメールを送っておいて」という指示が来た。学生の頃もメールは書いていたが、ビジネスメールはまったく別物だった。
まず「件名は何にすればいいのか」から詰まった。「お問い合わせの件」では漠然としすぎ、「先日ご連絡いただいた〇〇の件について」くらい具体的に書かないといけないらしい。
「件名どう書くの?」から始まる混乱
書き出しも悩んだ。「お世話になっております」から始まるのは知っていたが、初めてメールを送る相手に使っていいのかどうかもわからなかった。「初めてご連絡いたします」と「お世話になっております」のどちらが正しいのか、先輩に聞きに行ったら「状況によって違う」と言われた。そりゃそうなのだが、最初の一歩を踏み出せないくらい迷った。
「クッション言葉」というものがあることも今週知った。「お手数をおかけしますが」「ご確認いただけますと幸いです」「恐れ入りますが」などの前置きを入れることで、直接的な要求が柔らかくなる、という文化だ。これを使いすぎると読みにくくなるし、使わないと失礼になる。この塩梅がまだよくわからない。
調査によると、上司の約6割が新入社員のビジネスコミュニケーションに「モヤっとしたことがある」と回答している。敬語の使い分け、メールの書き方、電話対応のどれかで毎年引っかかる人が出る。完璧にこなせる新人はほとんどいない、という前提で臨んだほうがいい。
水曜日:ランチの誘いが、一番緊張した
「昼、一緒に行く?」と先輩に声をかけられた瞬間、変な緊張が走った。授業で隣の人に話しかけるのとも、友人と飯に行くのとも、まったく違う種類の緊張だ。
どこに座るか、何を頼むか、会話が途切れたらどうするか。頭の中でいろんな計算が走った。先輩が注文するまで自分は決めないほうがいいのか、逆に早く決めておくべきか。値段も「いくらまで頼んでいいのか」がわからなかった。
SNSを見ていると、「ランチの誘いが最初の1週間で一番しんどかった」という投稿が毎年流れてくる。自分だけじゃないことはわかっていたが、実際になってみると想像以上だった。3日目くらいから「今日は先輩が何頼むか見てから決めればいい」と開き直れるようになったので、最初の2日が山場だった。
それと、同期と話すとお互いに同じことで詰まっていることがわかって少し楽になった。「ランチ何頼んでいいかわからなくて」と言ったら「わかる、私も」と返ってきた。それだけで少し救われた。
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木曜日:「ホウレンソウ」の意味がやっとわかった
入社前の就活や内定者研修で「報・連・相(ほうれんそう)が大事」とは何度も聞いていた。「はいはい、報告・連絡・相談ね」と頭ではわかっていた。でも実際の現場で「なぜ大事か」を体感したのは今週だった。
木曜日の午後、担当していた資料の作成を「終わったので完成版を送ります」と先輩に伝えた。すると「あ、それ方向性が変わってて、半分やり直しになるんだよね」という返答が来た。変更の話が昨日の朝のミーティングで出ていたらしい。確認しないまま進めていた僕が悪い。
報告しない=信頼を失う、という感覚
「途中で一度確認する」という習慣が、社会人の仕事の進め方の基本だと今週初めて実感した。学生の課題なら一人で考えて完成させて提出でいい。でも職場では、進めている方向が変わることもあれば、自分の解釈がズレていることもある。それを途中で擦り合わせるのが「相談」であり「連絡」だ。
先輩に「やり直しになっちゃったけど、これからは途中で一回聞いてくれると助かる」と言ってもらえたので、それほど深刻にはならなかった。でも自分のなかでは「あの2時間は何だったんだろう」という感覚が残った。効率よりも確認、という習慣を今週から意識するようにしている。
金曜日:給料明細を見て、「手取り」という現実を知った
初めての給料日は来月だが、研修中に「給与の仕組み」の説明があった。自分の初任給の金額を聞いて、次に「手取り」という言葉が出てきたとき、ちょっと止まった。
大卒平均22万5,786円の手取りは17〜19万円
2026年卒の大卒平均初任給は22万5,786円(前年比+8,999円)という数字が出ている。これは過去最高水準で、初任給の引き上げ競争が続いた結果だ。でも「22万円もらえる」ではなくて、そこから社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)と所得税が引かれると、手取りは約17〜19万円になる。支給額の75〜85%程度が目安だ。
22万円が17〜19万円になる。思っていたより引かれる、という感覚は新社会人のほぼ全員が経験する。1年目は住民税がかからない(前年の所得がゼロだから)ため、まだ控除額が少ない方だ。
さらに2年目6月の「住民税ショック」が待っている
これを知ったときが今週一番のへこみポイントだった。2年目の6月から、住民税が毎月給与から引かれ始める。月額7,500〜11,666円程度が追加で差し引かれるため、「なんで6月だけ給料が減ったんだ?」とSNSで毎年話題になる「6月ショック」が起きる。
1年目のうちに住民税分を想定した貯蓄を少しずつしておくと2年目がスムーズらしい。先輩に教えてもらったことの中で、一番実用的な情報だった。これは本当に早めに知っておいてよかった。
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1週間を終えて:「できなくて当然」という前提で来ればよかった
正直に言うと、入社前の自分は「最初の1週間くらいはちゃんとできる」と思っていた。敬語も一応使えるし、気を遣うのは得意な方だし、メールも書けると思っていた。
全部甘かった。
でも今週1週間で少しわかったのは、「できなくて当然の環境に放り込まれている」という前提で来ればよかった、ということだ。学校で「できなくて当然」という状況はほとんどない。勉強して試験に備えれば、ある程度の結果が出る。でも仕事は、準備していなかった問題が次々に来る。それが普通の状態だ。
スーツのしつけ糸を1週間抜かないまま過ごした同期がいた。最終日に先輩に指摘されて気づいたらしい。笑い話になったが、その人はそれ以外のことはすごくしっかりやっていた。完璧な新人なんていない。
2026年の新社会人、採用側から見るとこんな状況
ちょっと視点を変えてみると、採用する側の状況も今年は特殊だ。2026年卒の採用充足率は69.7%で、過去最低水準になっている。つまり採用したかった人数を確保できなかった企業が3割以上ある。「採ってもらった」という感覚を持ちやすい学生側とは逆に、採用した側も「来てくれてありがたい」という構図がある。
売り手市場が続いているため、初任給を引き上げて人材を確保しようとする企業が増えた結果が、大卒平均22万5,786円という過去最高の数字に表れている。入社した側には「なぜここに来たのか」という理由があるはずで、採用した側にも「なぜこの人を採用したか」という理由がある。最初の1週間でその全部を表現できなくて当然だ。
SNSでは「4月1日に退職」という投稿が毎年バズる。実際に入社日に退職した人もいるらしい。それほど最初の一歩は重くて、怖い。でも1週間経ってみれば、たいていの人は「もう1週間やってみようか」という気持ちになっている。来週もそうなるといい。


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