「離婚することになった」と、大学時代の友人からLINEが来たのは、4月の頭のことだった。子どもが2人いる。相手は元パートナーで、話し合いがうまくいっていないらしい。「共同親権って、なんか怖い」と言っていた。
「共同親権って怖い」。その一言が気になって、調べ始めた。調べれば調べるほど、「怖い」と感じる理由がわかってくると同時に、「思ったより複雑な制度だ」ということも見えてきた。今日はその全体像を整理する。
2026年4月1日。日本の離婚制度が、明治以来初めて根本から変わった日だ。
2026年4月1日から何が変わった?共同親権スタートの概要
改正民法が施行されたこの日、日本の離婚後の親権制度は大きく変わった。これまでは「単独親権」一択だった。離婚すると、父か母かどちらか一方だけが子どもの親権を持つ。それが当たり前だった。
ところが4月1日からは、離婚後も父母の両方が親権を持つ「共同親権」が選べるようになった。選択肢が増えた──と言えば聞こえはいいが、それだけではない。状況によっては、望まなくても共同親権になりうる可能性もある。そこが「怖い」と感じる人が多い理由の一つだ。
「単独親権」から「選択的共同親権」へ──日本が初めて変えた仕組み
今回の改正を一言でまとめるなら「選択的共同親権の導入」だ。離婚する際、父母が協議して共同親権にするか単独親権にするかを選べる。合意できなければ、家庭裁判所が判断する。
裁判所が判断するとき、基準は「子の利益」だ。DVや虐待があれば必ず単独親権になる。ただ、DVや虐待がない場合に裁判所がどう判断するかは、個別のケースによって異なる。「共同して親権を行使することが困難な場合」も単独親権になりうるが、この「困難」をどう解釈するかが、現場では課題になっている。
法定養育費2万円制度も同時施行
共同親権と同じ4月1日、「法定養育費制度」も始まった。離婚後に養育費の取り決めをしていない場合、子ども1人当たり月2万円を自動的に請求できる権利が生まれる。
「2万円」という金額については後で触れるが、とにかく「取り決めをしていなかったから請求できない」という状況をなくすための制度だ。養育費の不払い問題は長年の課題だった。この制度はそこへの一つの回答として導入された。
共同親権とは何か?単独親権との違いをわかりやすく解説
「親権」という言葉、使ってはいるものの、正確に理解している人は少ない。まずここを整理しておく必要がある。
親権とは、子どもを養育し、財産を管理し、法律行為を代理する権利と義務のことだ。子どもの学校を選ぶ。医療機関を選ぶ。引っ越し先を決める。子どものパスポートを申請する。こういった「人生に関わる大事な決定」をする権限が、親権に含まれる。
単独親権では、これを一人の親が担う。共同親権では、離婚した二人が一緒に担う。
子どもの「日常行為」と「重要事項」の違い
共同親権になっても、何もかも二人で決めなければならないわけではない。法律は「日常の行為」と「重要事項」を分けている。
日常の行為(同居親が単独で決められる):
- 習い事(スイミング、ピアノなど)の選択
- 通常のワクチン接種・薬の服用
- 短期の国内旅行
- 日常的な医療(風邪の診察など)
重要事項(両親の合意が必要):
- 私立小学校・中学校への入学
- 高校・大学の進学先選択
- 長期の海外留学
- 生命に関わる手術・治療方針
- 子連れの転居(引っ越し)
ここで問題になるのが、「どこまでが日常行為でどこからが重要事項か」の線引きが曖昧な点だ。解釈の余地がある部分で、元パートナーと揉めることが十分に考えられる。
マジか、と思った。「転居には同意が必要」って、たとえば元夫のDVから逃げるために引っ越したい母親が、その元夫の同意を得なきゃいけないのか?という疑問がすぐ浮かぶ。これについては後述するが、「急迫の事情がある場合は単独で行使できる」という例外が設けられている。
離婚しても両親に親権が残るとはどういう意味か
単独親権のとき、非親権者の親は法的には「子どもの親権を持たない親」だ。面会交流はできるが、学校の重要な決定に参加する法的な権限はなかった。
共同親権では、両方の親が子どもの人生の重要な決定に関わる権限を持ち続ける。これを「子どもの権利の保護」として歓迎する声もある一方で、「離婚したのに元パートナーとずっと関わり続けなければならない」という負担感もある。
共同親権を「拒否」できるケース──DVや虐待があれば単独親権になる
「共同親権になってしまったら終わり」と思っている人もいるかもしれない。でも、そうではない。共同親権には、明確な「拒否できる条件」がある。
裁判所が共同親権を認めない条件
改正民法は、次のいずれかに該当する場合、家庭裁判所は必ず単独親権を選ばなければならないと定めている。
① 一方の親から他方の親や子どもへの虐待・DVのおそれがある場合
② 父母が共同して親権を行使することが困難な状況にある場合
特に①は強い規定だ。「おそれ」があれば十分で、実際に暴力が起きていなくても適用される。DV被害者にとって、これは大事なポイントだ。
「でも、証拠がなかったら認めてもらえないんじゃ?」という不安は当然だ。法務省の解説によれば、診断書などの客観的証拠がなくても、日記・相談機関への相談記録・医療機関の受診履歴などが参考にされる。裁判所は「諸般の状況を総合的に考慮する」立場をとっているので、証拠がないからと諦める必要はない。
DV被害者が共同親権を強いられるリスクと実際の声
それでも、懸念は残る。実際に弁護士団体や支援団体からは、施行前から強い反対意見が出ていた。北海道弁護士会連合会は「再度の改正または施行延期を求める決議」を出していたほどだ。
問題は、DVや虐待の「おそれ」を証明するハードルが現実には高いこと。夫婦間の問題は密室で起きることが多く、外部から見えにくい。被害者が「おそれがある」と主張しても、加害者が否定し、証拠が不十分と判断されれば、共同親権になってしまう可能性がゼロではない。
支援団体への相談では、「元パートナーがDV加害者なのに、共同親権になりそうで怖い」という声が施行直後から多数上がっている。制度上の保護と現実の運用の間には、まだ大きな溝がある。
…いや、制度を作るだけでは足りない、という当たり前の話なんだけど、それが「当たり前」として実装されるのがどれだけ難しいかを、この問題は改めて見せている。
施行3週間後の実態──共同親権で起きていること
4月1日から約3週間が経った。制度は動き始めたが、現場では混乱も見えてきている。
「元パートナーの同意が必要」で子の医療・進学が止まるケース
共同親権になった家庭で早くも問題が出てきているのが、「重要事項の決定で元パートナーの連絡が取れない・合意が得られない」ケースだ。
たとえば子どもが私立中学を受験したいと言い出した。同居親(母)は応援したい。でも、非同居親(元夫)に連絡が取れない、あるいは「俺は公立でいい」と反対する。こういった場合、「重要事項の決定」が宙に浮く。
緊急性がない場合は家庭裁判所に申し立てることで解決できるが、手続きには時間がかかる。「入学願書の締め切りが来週なのに、裁判所の手続きが間に合わない」という状況が生まれている。
これはヤバい。子どもの進路が、大人の手続きの都合で止まる。
支援団体への相談件数が急増
全国各地の離婚・DV支援団体には、施行後に相談件数が急増している。「共同親権になったらどうすればいいか」「元夫から共同親権を強要されそう」「共同親権を拒否するために何が必要か」といった相談が相次いでいる。
弁護士事務所への問い合わせも急増中だ。「法律が変わったので相談したい」という層が爆発的に増え、予約が取りにくい状況になっているという声も聞く。
制度は変わった。でも、社会がその変化についていけているかといえば、まだ追いついていない。
法定養育費「月2万円」の現実──安すぎる・変えられないの?
「月2万円」という数字を見て、「少ない」と感じた人は多いと思う。実際、ひとり親の支援団体からは「安すぎる」という声が強く上がっている。
UMKのニュースでも報じられたように、「子ども1人に月2万円は現実的な養育費として全然足りない」という声は根強い。特に物価高騰が続く2026年において、2万円で何がどこまでカバーできるのか、は現実的な疑問だ。
ただし、重要な点がある。法定養育費の「月2万円」は、あくまで「取り決めができるまでの暫定的な最低ライン」だ。これが養育費の上限ではない。
裁判所の養育費算定表に基づけば、たとえば父親の年収500万円・母親年収150万円・子ども1人(5歳)という場合、適正な養育費は月5万円程度になる。法定養育費の2万円を受け取りながら、並行して家庭裁判所の調停で正規の養育費を決める手続きが進められる。
「2万円しかもらえない」ではなく「2万円を出発点として、適正な額に持っていく」という理解が正確だ。とはいえ、調停や審判には時間がかかる。その間、2万円で生活を支えなければならない現実は重い。
法定養育費には先取特権も付与された。これにより、養育費の回収が他の債権よりも優先される。不払いへの対策として、これは一歩前進だ。
共同親権に関する誤解を整理する
制度が新しいだけに、誤解や混乱した情報も多い。ここで代表的な誤解を整理しておく。
「必ず共同親権になる」は嘘──あくまで選択肢
一番多い誤解がこれだ。「離婚したら自動的に共同親権になる」と思っている人がいる。そうではない。
共同親権は選択肢の一つだ。父母が協議して単独親権を選べば、従来どおり単独親権になる。協議がまとまらない場合や、一方が共同親権を望む場合は家庭裁判所が判断するが、その際もDVや虐待のリスクがあれば必ず単独親権になる。
つまり、双方が「単独親権でいい」と合意していれば、何も変わらない。新しい制度は「共同親権という選択肢を追加した」であって、「単独親権を廃止した」ではない。
「相手と毎回連絡を取らないといけない」は正確ではない
もう一つの誤解が「共同親権になると何かあるたびに元パートナーに連絡しなければならない」というものだ。
実際は、日常の行為については同居親が単独で判断できる。「今日の夕食を何にするか」「風邪薬を飲ませるか」「友達の家に遊びに行かせるか」──こういったことに、いちいち元パートナーの許可は要らない。
連絡や合意が必要になるのは、進学先・転居・大きな医療判断など「重要事項」の場面だ。頻度としては、そう毎日あることではない。とはいえ、「重要な場面で元パートナーと話し合わなければならない」という事実は変わらず、それが負担になりうることも否定できない。
離婚を考えている人が今すぐ確認すべきこと
友人から相談を受けてから、僕は弁護士の知り合いに話を聞いた。池袋で家事事件を扱う弁護士で、4月に入ってから相談が殺到していると言っていた。「制度を知らないまま協議書にサインしようとしている人が多い」と。
離婚を考えている人、あるいはすでに離婚後で親権に不安のある人が、今すぐ確認しておくべきことをまとめる。
① 協議離婚の場合:離婚届に「親権者」の記載が必要
4月1日以降も、協議離婚では必ず「父母どちらが親権者になるか(または共同)」を決めて離婚届に記載する必要がある。空欄では受理されない。
② DVや虐待がある場合:証拠を記録しておく
日記、LINEのスクリーンショット、医療機関の受診記録、配偶者暴力相談支援センターへの相談記録──これらが「おそれがある」を裏付ける材料になる。
③ すでに離婚済みで単独親権の人:今のところ変更申請は可能
2026年4月1日以前に離婚して単独親権になっている場合、申請すれば共同親権に変更できる。逆に、望まない場合は変更申請をしなければそのまま単独親権が続く。
④ 弁護士への早期相談を
「まだ離婚が決まったわけじゃないから」と後回しにしがちだが、制度を理解してから動くのと、理解しないまま動くのでは結果が全然違う。無料法律相談(法テラスなど)を積極的に利用してほしい。
僕の友人は「もう少し調べてから弁護士に相談する」と言っていた。それでいいと思う。ただ、調べるほど「この制度は複雑だ」とわかってくるはずで、最終的には専門家の力を借りるのが間違いなく近道だ。
よくある質問(FAQ)
Q: 共同親権はいつから始まった?すでに離婚している場合はどうなる?
A: 2026年4月1日から施行された。すでに単独親権で離婚している場合、自動的に共同親権に変わることはない。ただし、希望すれば家庭裁判所に申し立てて共同親権に変更することが可能だ。変更を望まない場合は、何もしなければ従来の単独親権が続く。
Q: DVがある場合、共同親権を拒否できる条件は?
A: DV・虐待の「おそれ」がある場合、家庭裁判所は必ず単独親権を選ばなければならない。客観的な証拠(診断書など)がなくても、日記・相談機関への記録・医療受診履歴などを総合的に考慮してもらえる。DVがある場合は早急に弁護士か配偶者暴力相談支援センターに相談することを勧める。
Q: 法定養育費の月2万円は変えられない?
A: 月2万円は「取り決めがない場合の暫定的な最低額」であり、上限ではない。家庭裁判所の調停・審判を通じて、裁判所の養育費算定表に基づいた適正額(子の年齢・父母の収入によって異なり、月5〜8万円になるケースも多い)を請求・決定できる。2万円を受け取りながら並行して手続きを進めることが可能だ。
Q: 共同親権になると元パートナーと毎回連絡が必要になる?
A: 日常的な行為(通常の医療・習い事・日々の判断)は同居親が単独で決められる。連絡・合意が必要になるのは進学先・転居・大きな医療行為などの「重要事項」に限られる。ただし、重要な場面では必ず話し合いが必要になるため、関係が良好でない場合の負担は大きくなりうる。
Q: 共同親権で子どもへの影響は?
A: 賛否両論がある。両親と関わり続けられるというプラス面がある一方で、父母間の対立が深刻な場合、その葛藤に子どもが巻き込まれるリスクが指摘されている。制度の核心は「子の利益」にあるが、運用の現場でそれがどこまで実現されるかは、今後の実態を見ていく必要がある。


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