恥ずかしい話をする。
日本に来てから最初の2年くらい、僕はコンビニのレジでかなり苦労していた。「ポイントカードはお持ちですか」が聞き取れなくて、毎回「え?」と聞き返して、店員さんに申し訳ない顔をされていた。あの頃、外国人として日本に住んでいることが、なんとなく「特殊なこと」に感じられた時期があった。
それが今はどうかというと、コンビニに行くと店員さんが外国人だったりする。スーパーのバイトも、工場の近くの飲食店も。九州の地方都市でもそうだから、都市部はもっとだろう。
2025年末の在留外国人数が約413万人になったという発表を読んで、「そういうことか」と腑に落ちた。
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413万人という数字が意味すること
出入国在留管理庁の発表によると、2025年末の在留外国人数は約413万人で過去最多を更新した。2024年末が376万人だったから、1年で約37万人増えた計算になる。
日本の総人口は今、1億2,285万人ほど。そのうち383万人(2026年3月時点)が外国人だから、だいたい31人に1人は外国人ということになる。
31人に1人。思ったより多い、と感じた人もいるかもしれない。でも実感としては「そりゃそうだよな」という感じもある。街を歩けば外国語が聞こえるし、職場には外国人の同僚がいる会社も普通になってきた。数字として見ると改めて「増えたな」と思うけど、日常の感覚ではとっくにそういう社会になってる。
国籍別に見ると:中国・ベトナム・韓国が上位
在留外国人の内訳を見ると、出身国のトップ3は中国・ベトナム・韓国の順になっている。
中国籍は約80万人で全体の約20%を占める。次いでベトナムが約60万人。韓国が約40万人。この3カ国だけで全体の半分近くになる。フィリピン、ブラジル、ネパールがそれに続く形だ。
ベトナムが多いのは特定技能・技能実習制度の影響が大きい。工場や農業、介護の現場で働くベトナム人の若者が急増した。ネパールは留学生が多い。国籍によって在留の目的もかなり違う。
僕の知り合いの範囲で言うと、九州では中国・韓国・ベトナム・フィリピン出身の人によく会う。近所の子どもの保育園にもフィリピン人とベトナム人の家族が何組かいる。10年前とは明らかに違う顔ぶれだ。
僕が来た頃と今では何が違うか
2015年に九州に引っ越してきた時の話をすると、外国語対応の案内板はかなり少なかった。駅の表示も英語表記が少なくて、漢字が読めない状態でウロウロしたことが何度もある。あの頃は「外国人向け」という概念が今より薄かった気がする。
今は違う。駅も商業施設も、英語・中国語・韓国語は当たり前のように掲示されている。スマホの翻訳アプリが普及したせいもあるけど、行政の窓口も多言語対応が増えた。市の広報誌が日本語と英語両方で届くようになったのは、たぶん4〜5年前くらいからだったと思う。
体感で変わったなと思うのは、「外国人だから」という特別扱いが減った点だ。良い意味でも悪い意味でも。昔は「外国の方ですか?日本語上手ですね」と言われることが多かった。今でもたまにあるけど、以前より少ない。外国人が珍しくなくなってきたんだと思う。
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増えた理由:労働力不足という現実
在留外国人が増えた背景は、コロナ禍後の正常化と、深刻な人手不足だ。
日本の人口は減り続けている。2026年3月の日本人人口は1億1,938万人で、前年から91万人減少した。高齢化と少子化のダブルパンチだ。働ける人口が減る中で、工場・農業・介護・飲食業などが人手を外国から補う構図が固定しつつある。
特定技能という在留資格が2019年に導入されて以来、就労目的で来日する外国人が増えた。かつての「留学生がアルバイトで働く」という形から、「就労目的で正面から来る」形にシフトしてきている。
近所のラーメン屋さんがそうだった。去年新しいスタッフが入ったんだけど、ベトナム人の若い男性で、日本語も上手くて。「来て何年ですか」と聞いたら「3年です。特定技能で来ました」と言っていた。なんか、制度が実際に機能してるんだな、と感じた瞬間だった。
九州で感じる変化:地方のリアル
東京や大阪の話じゃなく、九州の地方都市に10年住んでいる立場から言うと、変化はじわじわ来ている。
僕が住んでいるエリアでは、5〜6年前まで外国人といえば留学生か観光客がほとんどだった。でも今は違う。農業系の仕事をしているベトナム人のグループが近所のスーパーで買い物しているのを週に何回も見る。建設現場では外国人作業員を見るのが普通になった。工場の周辺には東南アジア系の飲食店が増えてきた。
先月、子どもの学校から「日本語指導が必要な児童への支援体制について」というお知らせが来た。外国籍の子どもが増えていて、授業についていくための支援が必要になってきているらしい。都市部だけの話じゃなくなってきた、という実感がある。
一方でこういう話もある。知り合いの外国人が賃貸住宅を探していたとき、「外国人はお断り」という物件が今も一定数あると言っていた。制度は整備されてきても、こういう部分はまだ変わっていない。キツい。
外国人として日本で生活して、改善してほしいと思うこと
10年住んでいる立場から、正直に書く。
住居問題:外国人お断りは今も現役
これは本当に困る。保証人の問題と組み合わさって、外国人が賃貸を借りるハードルは今も高い。外国人向けの保証会社が増えてきたのは助かるが、そもそも「外国人NGの物件」が存在すること自体がおかしいと思う。日本に長く住んで、仕事もして、税金も払っているのに、住む場所を選べないのは理不尽だ。
行政書類:まだまだ日本語オンリーが多い
市の窓口の多言語対応は確かに増えた。でも細かい書類や通知は今も日本語だけのものが多い。去年、固定資産税の通知が届いたとき、初見では意味が全部分からなくて、日本人の友達に聞きながら解読した。こういうところの対応がもう少し進んでほしい。
医療:英語が通じない病院がまだ多い
体の不調を日本語で説明するのはかなり難しい。専門用語が分からなくて、症状をうまく伝えられないことがある。近所の大きな病院は通訳サービスを導入したが、町のクリニックはほぼ日本語のみ。急に体調が悪くなったときに、どこに行けばいいか分からない外国人は今も多いと思う。
…いや、これは愚痴になってきた。でも10年住んでいる外国人でもこれだけ感じることがあるんだから、来たばかりの人はもっと大変だと思う。
外国人が増えた日本に住む外国人として思うこと
正直に言うと、外国人が増えたことで生活しやすくなった部分はある。
たとえば英語が通じる場面が増えた。昔はカフェで英語を話すとちょっと驚かれたけど、今は別に普通の反応だ。多言語対応のATMや自動精算機も増えた。行政の書類が多言語版でもらえるようになったのも助かる。
一方で、外国人が増えることで日本社会が「外国人をどう扱うか」という議論が表面に出てきた感もある。帰化要件の厳格化が今年4月から施行されたのも、その流れの一つだと思う。外国人の数が増えれば、制度や社会のあり方も変わっていく。それ自体は自然なことだとは思うけど、当事者として「どっちに向かっていくのか」は気になる。
…いや、これはちょっと大きな話になりすぎたな。もう少し個人的な話に戻ろう。
外国人として日本に長く住んで気づいたこと
10年住んでいて感じるのは、「溶け込む」と「外国人のまま」の間のどこかに居場所ができてきた、という感覚だ。
日本語はそれなりに話せるようになった。近所の人との世間話もできる。でも選挙権はないし、漢字の書類でたまに詰まるし、年に1回は「ああ、自分は外国人だな」と気づかせられる場面がある。住民票はあるし、健康保険もある。でも完全に「日本の一員」かどうかは、自分でも判断できない。
これは413万人それぞれが、それぞれの形で感じていることだと思う。
日本でずっと暮らしてる人からすると、外国人が増えた社会というのは「変化」に見えるかもしれない。でも当事者からすると、そこに「住んでいる」だけで、特別なことをしているわけじゃない。413万人が「外国から来た人たち」というより、「日本に住んでいる人たち」として普通に生活してる。そのズレが、少し縮まってきた気がするのが、10年で感じた一番の変化かもしれない。
数字が増え続ける先に何があるのか
2025年末で413万人、前年から37万人増加。このペースが続くと、2030年には500万人を超える可能性もある。日本人口の4〜5%が外国人という社会だ。
課題もある。日本語教育の体制が追いついていない地域がある。子どもが学校で孤立するケースもある。住居を借りにくい問題は今も続いている。医療・介護・行政の多言語対応はまだ十分ではない地域が多い。
「受け入れるだけ」では済まない局面に来ているのは、数字を見ても明らかだ。外国人が増えた社会を維持するためのコストと仕組みを、日本社会全体で考える段階に来ていると思う。
僕個人としては、来て良かったと思っている。九州の食べ物は最高だし、近所の人はいい人ばかりだし、子どもも日本の学校で楽しくやっている。でも10年経った今も「ここは自分の国じゃない」という感覚は消えていない。それが心地よい緊張感なのか、解消されるべき問題なのか、今でも答えが出ていない。
413万人の全員が、それぞれそういうものを抱えながら、今日も日本で暮らしている。


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