会社の同僚に「藤井聡太って知ってる?」って聞いたのは3年前だったと思う。「え、知らないんですか?」って顔をされて、ちょっと恥ずかしかった記憶がある。あれから将棋のルールを少しずつ覚えて、ニュースが出るたびに眺めるようになった。
で、この3月に起きたことは、将棋を知ってる人もあまり知らない人も、ちょっと立ち止まって見てほしいと思う。
3月29日、第51期棋王戦五番勝負第5局で、藤井聡太棋王が挑戦者の増田康宏八段に勝利。3勝2敗で棋王4連覇を達成した。この数字だけ見ると「また勝ったか」で終わりそうだけど、実はこれ1勝2敗のカド番——つまり次負けたら終わりの状態——から連勝しての防衛だった。
しかもその4日前の3月25〜26日、関西将棋会館での王将戦第7局でも、1勝3敗から怒涛の3連勝で逆転防衛を決めてる。
マジか。
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1勝3敗がどのくらいヤバい状況か、スポーツで例えてみた
将棋を知らない人のために、1勝3敗がどれくらい絶望的な状況かを考えてみる。
サッカーで言えば後半85分に3点差で負けてるようなもの。野球なら9回裏に3点差。ラグビーなら残り5分で20点差。普通は結果を諦めて次の試合に気持ちを切り替えるような状況だ。
将棋の七番勝負で1勝3敗から逆転した例は、将棋界の長い歴史の中で史上5例目らしい。何千という七番勝負が行われてきて、5例。それほど稀なことが起きた。
王将戦の流れを追ってみる。
第2局(1月24〜25日、伏見稲荷大社)——角換わりで111手の末に敗北。第3局(2月3〜4日、オーベルジュときと)——相居飛車力戦91手で負け。第4局(2月17〜18日、和歌山城ホール)——角換わり132手でまた敗北。
この時点で1勝3敗。次負けたら終わり。
第5局(3月8〜9日、栃木のホテル花月)——相掛かり88手で勝利。第6局(3月18〜19日、名古屋将棋対局場)——角換わり103手で勝ち。第7局(3月25〜26日、関西将棋会館)——角換わり89手で勝利。
3連勝。逆転。
「防衛できたのは幸運」というコメントが理解できない
ABEMA TIMESの報道によると、藤井は王将戦防衛後に「防衛できたのは幸運」とコメントしたらしい。
幸運って。
1勝3敗からの3連勝が幸運? こんなに謙虚な言い方をするのは日本人らしいな、と思いながらも、違う、と感じる部分がある。これは実力と精神力の結果だよ。
しかも、この王将戦は藤井にとって自身初の七番勝負フルセット。最後の最後まで戦い抜いた経験が初めてだったということだ。そんな極限状態で冷静に3連勝できるメンタルが、僕にはまったく想像できない。
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考えてみてほしい。1勝3敗の時、世間はどう見てたか。「さすがに今回は厳しいかな」「永瀬も強いからなあ」という雰囲気があったはずだ。そのプレッシャーの中で、藤井は何を考えていたんだろう。
たぶん、そのプレッシャーを感じていなかったか、エネルギーに変えていたか。どちらにしても、普通の感覚ではない。
棋王戦でも同じことをやってのけた、という事実
王将戦逆転防衛の4日後、棋王戦でもカド番から連勝して防衛した。
これが理解不能なレベルだ。王将戦の激戦を終えたばかりで、気持ちの切り替えができるのか。疲労は残ってないのか。普通に考えたら体も頭も消耗しきってるはずなのに。
2つのタイトル戦で連続してカド番から逆転というのは、調べた限りでは極めて稀なことらしい。ほとんど前例がない状況を、さらりとやってのけた。
六冠保持者の勝率0.823という数字の重さ
現在の藤井の保有タイトルは竜王・名人・王位・棋聖・棋王・王将の六冠。将棋界の全タイトル数は8つだから、4分の3を独占してる。
通算成績は446勝96敗で勝率0.823。10回戦って8回以上勝つということだ。しかも相手はすべてプロ棋士。素人相手ではなく、日本最高レベルの棋士が本気で挑んでくる。それでも8割超を維持してる。
正確には、この勝率が2026年3月時点の数字だから、多少変動があるかもしれない。でも大局的に見ると、この水準を長期間維持してるのが異常だ。
公式戦5連勝中というのも、今がピークなのか、それともさらに伸びるのか、まったく読めない。
外国人として将棋を見てきた10年間の変化
日本に来たばかりの頃、将棋は「日本のチェス」くらいの認識だった。ルールもよくわからなかった。
でも九州の職場で、昼休みに同僚が将棋のニュースを熱心に見てる場面が何度もあって、徐々に気になり始めた。藤井聡太という名前が出るたびに職場の雰囲気が盛り上がるのを感じて、「この人は何者なんだ」と思うようになった。
将棋アプリをダウンロードして初心者問題を解いてみたら、これが難しい。3手先を読むだけで頭がパンクしそうになる。それなのにプロは何十手も先まで読んで最善手を選ぶ。コンピュータが強いのはわかる。プログラムされた計算だから。でも人間がここまでできることへの驚きは、理屈ではなく感覚として湧いてきた。
海外の友人に藤井聡太の話をしても、将棋のルールから説明しないといけないから伝わりにくい。でも「1勝3敗から3連勝して逆転した」と言うと、みんな「それはすごい」と反応する。スポーツ的な逆転劇は言語を超えて伝わるんだなと思った。
2026年の春が見せてくれたこと
将棋に詳しくなくても、今回の連続逆転劇には何か感じるものがあった。
絶望的な状況でも諦めないこと。プレッシャーを力に変えること。一局一局を丁寧に戦い続けること。これって将棋に限らず、何かに通じる話だよな、と思う。
…いや、ちょっと大げさすぎる話に持っていった気がする。でも、1勝3敗から逆転するというのは、技術だけでは絶対にできない。心が折れてたらどんな技術も機能しない。そういう意味で、今回の藤井が見せたものは技術以上の何かだったと思う。
22歳(2026年時点)。まだ若い。これからどこまで記録を伸ばすのか、将棋がわからない人間でも楽しみに追いかけてしまう存在だ。


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