「ホンダ、EVやめるって言ったの知ってる?」
先週末、飲み友達の田中に唐突に聞かれた。「え、やめる?」と聞き返したら、「撤退じゃないらしいんだけど、ほぼそんな感じ」と言う。
帰り道にスマホで調べたら、思っていた以上にデカい話だった。損失が1.58兆円。2040年の目標を撤回。EV全振りからHV(ハイブリッド)への路線転換。一夜にして「ホンダの電動化戦略」の文脈が変わっていた。
マジか。
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結論から言う──ホンダのEV撤退は「失敗」ではなく「現実への対応」だった
最初に結論を書く。これはホンダが負けを認めたというより、「時代の読み違えを修正した」話だ。
2021年、ホンダは高らかに宣言した。「2040年までに新車の全てをEVまたはFCEV(燃料電池車)にする」。当時の空気感では、それが「正解」に見えた。テスラが急成長し、欧州は内燃機関の販売禁止を打ち出し、世界中の自動車メーカーがEVシフトを加速していた。
でも現実は、そう単純じゃなかった。
2023年以降、北米のEV需要は明らかに失速し始めた。充電インフラの整備が追いつかない。バッテリーコストが想定より下がらない。そして何より、中国BYDが「信じられない安さ」でEVを量産し始めた。ホンダが開発に5年かけるところを、BYDは1〜2年でやってしまう「中国スピード」だ。
その流れの中で、ホンダは2026年3月期決算で営業赤字4,143億円を計上した。EV関連の損失だけで1.58兆円。北米向けEV3車種の開発中止が主な原因だった。
だから2026年5月14日、ホンダは「2040年EV/FCEV100%」という目標を正式に撤回し、HV(ハイブリッド)を中心に据えた新戦略を発表した。
この決断は、正直かなり勇気がいったはずだ。
ホンダがEV撤退を発表──2040年目標撤回の経緯とその背景
ホンダの三部敏宏社長は会見で、「EV全振りに複数のシナリオを持っていなかった」と認めた。珍しく率直な言葉だったと思う。普通の大企業の経営者はここまでストレートに言わない。
背景を整理しよう。
ホンダが「EV100%」を打ち出した2021年当時、国際エネルギー機関(IEA)のシナリオでは、2030年代には世界のEV普及率が70〜80%を超えるという予測が主流だった。日本政府も「2035年までに新車はEVのみ」という方向性を出していた。
でも現実の数字は全然違う方向に動いた。
2025年の世界EV販売シェアは約18%。成長はしているが、「全部EVになる」スピードにはほど遠い。特に米国は共和党政権がEV補助金を縮小し、充電インフラ整備も遅れた。ホンダが北米向けに開発していたEV3車種は需要予測が大きく外れ、開発中止に追い込まれた。
1.58兆円か。
その金額を聞いたとき、正直しばらく言葉が出なかった。トヨタの年間営業利益が4〜5兆円規模だから、ホンダにとっていかに大きな傷かがわかる。
ホンダのEV損失1.58兆円はなぜ生まれたか──北米戦略の誤算
1.58兆円という数字の内訳を理解するには、ホンダの北米市場における立ち位置を知る必要がある。
ホンダにとって北米は最大の市場だ。アコード、シビック、CR-Vといったモデルが長年支持されてきた。HVモデルも好調で、特にCR-V HVは北米で安定した販売を続けてきた。
そこへEV全振りを決めた。
開発したのは、ホンダe:Architectureという独自のEVプラットフォームをベースにした3つの新型EV。開発費用だけで数千億円規模が投じられていた。ところがテスト販売の反応が芳しくなく、価格競争力でBYDやテスラに勝てない。米国でEV充電インフラが想定より整備されないまま時間が経過した。
結果として、2026年に入ってから3車種全ての開発が打ち切られた。すでに投じた開発費は回収不能。それが損失として一括計上された形だ。
…いや、これはちょっと違うか。開発費だけじゃなくて、製造設備への投資も含まれているはず。工場の転換コストや部品調達の契約破棄分なども積み上がっているから、1.58兆円という数字はそのあたりを全部ひっくるめたものだと思う。
それにしても大きい。
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HV回帰戦略「トリプルハーフ」とは何か──2030年の新しい目標
では、ホンダはこれからどう動くのか。
新戦略のキーワードは「トリプルハーフ」。2030年を目標に、販売台数の3分の1をHV、3分の1をEV、残り3分の1を従来のエンジン車(内燃機関車)にするという方針だ。
EV比率を大幅に下げ、HVに経営資源を集中させる。
具体的には2029年度までに新型HVを15モデル投入する計画で、その開発・製造に4.4兆円を投資する。発表されたプロトタイプは2つ。Honda Hybrid Sedan PrototypeとAcura Hybrid SUV Prototype。どちらも2年以内に市場投入される予定だ。
HV技術はホンダが最も得意とする分野でもある。初代インサイトを1999年に発売し、ハイブリッドシステムのIMAやi-MMDを長年改良してきた。電池の消耗を気にせず、充電インフラがなくても使えるHVは、特に地方や発展途上国の市場でまだまだ強い需要がある。
この戦略転換は「EVを諦めた」というより、「確実に売れる車を軸に据え直した」という表現の方が正確かもしれない。
ホンダのEV撤退は日本の自動車業界にどんな影響を与えるか
ホンダの動きが注目されるのは、それがホンダ1社の話にとどまらないからだ。
日本の自動車産業は裾野が広い。完成車メーカーを支える部品サプライヤーは全国に何万社もある。EVシフトが進めば、エンジン部品を作る中小メーカーが打撃を受けるという懸念が以前からあった。ホンダのHV回帰はその懸念を少し和らげる。
消費者目線でも変化がある。
日本の新車市場でHVは非常に人気が高い。2025年の国内乗用車販売に占めるHV比率は45%を超えており、軽自動車を除くと過半数がHVという状態だ。「エコカーを買いたいけど充電が面倒」という層には、HVの方が圧倒的に使いやすい。ホンダがHVを強化すれば、こうした消費者の選択肢が広がる。
他メーカーへの影響も無視できない。
トヨタは以前からHV中心の「マルチパスウェイ」戦略を掲げていたが、一時は批判されることもあった。日産はEVのリーフやアリアに力を入れてきた。スバルもトヨタとのアライアンスの中でEV化を進めていた。ホンダの戦略転換は、こうした各社の路線を見直す空気を作り出す可能性がある。
やっぱりか、と思う部分もある。EV全振りのリスクを感じていたメーカーは少なくなかったはずで、ホンダが「言いやすくした」面もあるんじゃないだろうか。
中国BYDの「中国スピード」に日本メーカーはどう向き合うか
ホンダがEV開発で苦戦した最大の要因のひとつが、中国勢との競争だ。
BYDは2023年に初めてテスラを抜いてEV販売世界1位になった。その後も圧倒的なスピードで新モデルを投入し続けている。価格帯も幅広く、軽自動車クラスからプレミアムセダンまでをカバーしている。
「中国スピード」と呼ばれる開発スピードは、日本メーカーの常識を大きく上回る。日本の大手メーカーが新型車を市場に出すまで通常5〜7年かかるところを、中国のメーカーは2〜3年で量産体制に入れる。理由のひとつはサプライチェーンだ。中国国内でバッテリーから半導体まで一貫して調達できる環境が整っており、コストと時間の両方を圧縮できる。
ホンダがEVで勝負を挑んだのは、まさにこのBYDが急成長していた時期と重なる。価格で勝てず、スピードで追いつけず、気づいたら1.58兆円を使い果たしていた。
もっとも、中国市場でBYDに勝てないからといって、世界全体でEVが終わったわけではない。欧州や東南アジアではまだEVシフトの流れが続いている。ホンダも「EVをやめる」とは言っておらず、「EV一本に絞るのをやめる」という立場だ。
その微妙な違いを理解しておくことが、今後の報道を読み解くうえで役に立つ。
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ホンダのEV撤退が「僕たちの生活」に与える具体的な影響
正直、「ホンダの経営戦略の話なんて、自分には関係ない」と思う人も多いかもしれない。でも実は、じわじわ影響が出てくる可能性がある。
まず、ホンダ車を買う・検討している人にとっては明確なメリットがある。今後2〜3年でHVのラインナップが大幅に増える。新型HVは燃費性能も走行性能も従来モデルより向上する可能性が高い。価格もEVより安く、充電インフラを気にしなくていい。「次の車をどうしようか」と思っていた人には選択肢が広がる。
EV関連株を持っている人には注意が必要かもしれない。ホンダのEV撤退は、EV産業全体の「熱量」を少し冷ます可能性がある。国内の充電インフラ整備計画や、EV補助金の行方にも影響が出るかもしれない。
部品メーカーで働く人には、安心と懸念が入り混じる。HV回帰はエンジン部品の需要を守る方向だが、その分EV向け部品への転換投資が遅れる可能性もある。
僕は去年の秋、埼玉のホンダディーラーに行ってZR-Vの見積もりをもらった。当時は担当者に「EVモデルの方が将来的な補助金や税制メリットが…」と説明されて少し迷った記憶がある。今思うと、あのまま決断していなくてよかったかもしれない。次にディーラーに行ったとき、担当者の話がどう変わっているか、ちょっと興味がある。
よくある質問(FAQ)
Q: ホンダはEVを完全にやめるのですか?
A: いいえ、完全にやめるわけではありません。「2040年EV/FCEV100%」という単一目標を撤回し、2030年にHV・EV・エンジン車を各3分の1にする「トリプルハーフ」戦略に転換しました。EVの開発・販売は継続しますが、HVを成長の主軸に据え直した形です。
Q: ホンダのEV損失1.58兆円はどこから生まれたのですか?
A: 主な原因は北米向けEV3車種の開発中止です。開発費や製造設備への投資、部品調達の契約破棄分などが一括で損失計上されました。2026年3月期決算では営業赤字4,143億円も記録しています。
Q: ホンダの「トリプルハーフ」戦略とは具体的に何ですか?
A: 2030年を目標に、販売台数をHV(ハイブリッド)・EV・エンジン車でそれぞれ約3分の1ずつにする計画です。2029年度までにHVを15モデル投入し、4.4兆円を投資する方針が発表されています。
Q: ホンダのHV回帰は日本の消費者にどんな影響がありますか?
A: HVを希望する消費者にはプラスです。今後2〜3年でホンダのHVラインナップが増え、選択肢が広がります。充電インフラが不要で燃費もよいHVは、特に地方在住者や長距離ドライブが多い人に向いています。
Q: ホンダの方針転換で他の自動車メーカーにも影響はありますか?
A: 影響は出る可能性があります。EV全振りに慎重だったトヨタの「マルチパスウェイ」戦略が改めて評価される流れになる一方、日産やスバルなどEV化を進めていたメーカーは戦略の見直しを迫られるかもしれません。


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