ロンドンの会場、試合が終わった瞬間、張本智和が天井を見上げた。
5月10日の準決勝。対戦相手は台湾(Chinese Taipei)。第1マッチのエース対決で1ゲームを先取されながら、張本は3-1で逆転した。チームも3-0でストレート勝ち。試合後のインタビューで言葉を選びながら「やっと、ここまで来られた」と話した。声が少しだけ震えていた。
その映像をスマホで見ながら、僕は夜中に布団の中で何度も見返していた。5月11日の深夜0時(日本時間)、今度は中国との決勝が始まる。57年ぶりの金メダルがかかっている。
これは本物だ。
Photo by Ashley Levinson on Unsplash
世界卓球2026ロンドン、日本男子は準決勝でどう勝ったのか
2026年の世界卓球選手権ファイナルズは、イギリス・ロンドンで開催されている団体戦だ。準決勝は5月10日に行われ、日本男子は台湾(Chinese Taipei)を3-0で下した。ストレートとはいえ、内容は決して楽な試合ではなかった。
メンバーは張本智和、松島輝空、戸上隼輔の3名。台湾は世界7位の林昀儒を擁しており、エース対決は最初から見応えがあった。そして3選手がそれぞれ1勝ずつを分担するかたちで、チームとしての底力を見せた。
団体戦の特性として、一人のスター選手がいるだけでは勝てない。2番手・3番手の選手が確実に自分のポイントを取れるかどうかが、チームとして安定して勝ち続ける条件になる。今回の準決勝では、まさにその理想形が出た。
張本智和がエース対決で見せた「逆転の強さ」
注目の張本 vs 林昀儒戦。張本は第1ゲームを落とした。台湾のエースにペースをつかまれ、「これは長引くかな」と頭をよぎった瞬間があった。
でも違った。
第2ゲームから張本のサーブが機能しはじめた。鋭い下回転に林昀儒がネットにかけ、強烈なパワートップスピンで押し込む展開が続いた。最終的に3-1で逆転勝ち。4大会ぶりとなる決勝進出を手繰り寄せた一点だった。トヨタ自動車所属のエースとして、本番の舞台で力を発揮するのは今に始まったことじゃないが、今回は特別な重みがあった。
松島輝空と戸上隼輔もそれぞれ1勝を積み重ね、チームとして3-0のクリーンな準決勝勝利となった。戸上はイムラヤグループ所属で、安定した守備と粘り強いラリーが武器だ。松島はまだ若いが、この大舞台でもプレッシャーに飲まれない精神的な強さを見せた。チームとして「エース依存ではない」戦い方が確立されつつある。
57年ぶりとはどういうことか──1969年の金メダルから今日まで
57年ぶり。この数字、どう受け取ればいいだろうか。
1969年というのは、大阪万博の前年だ。テレビがカラー放送に移行しつつあった時代。スマートフォンどころかパソコンも存在しない時代に、日本男子は世界卓球の頂点に立っていた。当時の主将は伊藤繁雄。その後、日本卓球の長い「空白の時代」が続いた。
1971年以降、中国が世界卓球を事実上支配しはじめる。男子はほぼ中国の独壇場となり、日本が決勝にすら出られない年が続いた。4大会ぶりに決勝に戻ってきた今回は、それだけでも歴史的だ。
57年という歳月は、日本卓球界にとって「チャレンジャーとして生きてきた時間」そのものでもある。現役の選手たちの親御さんでさえ、日本男子が世界の頂点に立つ瞬間を見たことがない。1969年を知っているのは、今の60代以上の世代だ。そのくらい長い時間が経過している。
「いつか日本が世界一になる」と言い続けた選手・コーチが何世代もいた。その積み重ねが、今夜の決勝に続いている。その時間に終止符を打つかもしれない夜が、日本時間の深夜0時に始まろうとしている。
決勝の相手・中国はなぜ強いのか──11連覇の壁を数字で見る
中国男子卓球チームは現在、世界卓球の団体戦で11連覇中だ。数字で見るとその壁の高さがよく分かる。
1971年以降、男子団体戦で中国以外の国が優勝したのは、スウェーデン(1991・1993・2000年)とごくわずか。それ以外はほぼ中国が制してきた。組織的な選手育成、徹底的な戦術研究、豊富な選手層。この3点が中国最強の理由として繰り返し挙げられる。
特に選手層の厚さは他国と比較にならない。世界ランキング上位10名に中国選手が複数名入ることが常態化しており、代表メンバーに選ばれること自体が「世界一の証明」になる国だ。国内の選考競争が世界大会よりも熾烈とも言われるほど、優秀な選手が絶え間なく育ってくる。
もう一つの強さは「負けパターンを極端に少なくする」戦術の徹底だ。中国はミスが少なく、相手のリズムを崩すことが得意。自分から大きくリスクを取らなくても、相手のエラーを待ちながら確実にポイントを積み重ねる戦術が完成している。
王楚欽とはどんな選手か──世界1位の実力と張本との因縁
中国の現エースは王楚欽(ワンチューチン)、世界ランキング1位。「WCC」の愛称で知られ、身長186cmの大型選手だ。
フォアハンドのパワーは世界トップクラスで、長いリーチを活かした連続攻撃が武器。サーブの変化も豊富で、レシーブからでも攻め込める万能型だ。2024年パリ五輪でも主力として活躍し、個人・団体で頂点を狙ってきた選手でもある。過去に張本との対戦経験もあり、両者の間には少なからず対戦の積み重ねがある。
…いや、でも中国はそう簡単じゃない。王楚欽一人の話ではなくて、2番手・3番手の選手も全員が世界クラスなんだよな。
今大会の団体戦は3マッチ先取方式で争われる。中国はどの選手を当ててきても高水準のプレーが期待できる布陣を持っており、誰が出てきても油断できない。日本が勝つためには、エースだけでなくチーム全員が仕事をする必要がある。
日本が中国に勝てる可能性はあるか──世界卓球決勝の戦略と鍵を握る選手
結論から言う。ゼロではない。
過去を振り返ると、ワールドカップや個人戦で日本選手が中国のトップ選手を倒した例はある。完全に一方的な実力差ではなく、「接戦を制せるかどうか」の問題になっている段階まで日本卓球は成長した。今大会の準決勝での戦いぶりを見ても、チームとしての安定感は以前とは格段に違う。
日本の戦略として見えているのは2点だ。一つは張本のサーブ戦術。台湾戦でも機能した鋭い下回転サーブから、パワートップスピンへの連携。これを王楚欽相手にも通用させられるかが最初のカギになる。もう一つは、エース以外のポイントをいかに取れるかだ。松島や戸上が中国の2番手・3番手選手を確実に崩せれば、試合は張本の肩にかかりすぎず、チームとして勝ち筋が見えてくる。
日本がアップセットを起こすには、序盤のペースが大事だ。団体戦は試合の流れに心理的な影響を受けやすい。最初のマッチで日本が勝ち先行できれば、中国側に少なからずプレッシャーがかかる。逆に0-1になれば、日本は精神的に厳しくなる。立ち上がりの一戦がすべてを決める可能性がある。
張本智和 vs 王楚欽──エース対決の行方を読む
この1点が今夜のハイライトになることは間違いない。
張本(世界7位相当)vs 王楚欽(世界1位)。個人ランクでは差があるが、試合はランクだけでは決まらない。張本の強みは強サーブと、受けに回ったときの粘り強さ。パワー対決では王楚欽に分があるが、張本が試合のペースを握れれば話は変わる。
台湾の林昀儒との対戦でも、1ゲームを先取されながら逆転できた。プレッシャーのかかる場面での強さは証明済みだ。王楚欽相手にも、同じ強さが出れば──と期待したい。勝った。そういう結末を願いながら、深夜のスマホ画面を見ることになる。
女子も決勝進出──早田ひな・張本美和が狙う男女同時金メダルは史上初
今大会、実は男子だけじゃない。
日本女子も決勝進出を果たしている。早田ひな、張本美和、橋本帆乃香の3名が代表として戦い、準決勝を勝ち抜いた。女子もまた強豪国との決勝対決が待っている。
もし男女ともに決勝で優勝すれば、世界卓球選手権の団体戦で日本が男女同時に金メダルを獲得する史上初の快挙となる。これはもう「日本卓球史に刻まれる夜」になる可能性がある。
早田ひなは2024年のパリ五輪でも活躍し、日本女子卓球の顔として国際舞台での経験も豊富だ。サーブの多様性とフォア・バック両面のドライブが高水準で、世界の強豪に対しても互角以上に戦える実力を持つ。張本美和(張本智和の妹)は若い世代の代表格で、今大会でさらに存在感を高めている。橋本帆乃香は安定した試合運びでチームを支える存在だ。
男女ダブルで金メダルというシナリオは、夢物語ではなくなってきている。同じ夜に、二つの決勝が同時進行する。こんな日が来るとは、10年前には誰も予想していなかった。
日本卓球がここまで強くなった理由──Tリーグと育成改革の成果
なぜ、日本卓球はここまで強くなったのか。
一つの転換点は、2018年に始まったTリーグだ。プロリーグ設立によって、若手選手が国内で高水準の試合を積む機会が格段に増えた。張本智和(トヨタ自動車)、戸上隼輔(イムラヤグループ)のように、実業団チームがリーグ参加することで育成とプロキャリアが地続きになった。以前は国内大会が少なく「海外遠征」が主な経験の場だったが、Tリーグ設立後はホームで強い試合に慣れる習慣もついた。
もう一つは、少年期からの英才教育の定着だ。愛知県をはじめとする卓球強豪校・クラブが10代前半から国際試合に送り出す仕組みを作り、海外の強豪と早い段階からぶつかる経験を積ませている。張本智和が13歳で日本代表としてデビューしたのは象徴的な例だ。「世界と戦う怖さ」を早く経験することで、メンタル面も含めた強さが育ちやすい環境が整ってきた。
さらに、日本卓球界全体の底上げも見逃せない。かつては張本一強の印象があったが、今回の代表メンバーである松島や戸上も世界大会で十分に戦える実力を持っている。一人が抜きん出た「エース依存型」から、チーム全体で戦える構造に変わってきたことが、今回の準決勝ストレート勝ちにも表れている。
中国との差を縮めてきた背景には、組織的な取り組みの継続がある。一夜にして変わったわけじゃない。何十年かけて積み重ねた結果が、今夜の決勝に結実しようとしている。57年という時間、ようやく報われる夜かもしれない。
よくある質問(FAQ)
Q: 世界卓球2026ロンドンの男子決勝はいつ、何時に始まりますか?
A: 日本時間の2026年5月11日(月)深夜0時から始まります。現地ロンドンとは8時間の時差があるため、現地では5月10日の午後4時スタートになります。
Q: 日本男子が世界卓球で最後に金メダルを取ったのはいつですか?
A: 1969年です。当時の主将は伊藤繁雄で、今回の決勝進出は実に57年ぶりのことになります。1971年以降は中国が男子団体を事実上独占してきました。
Q: 世界卓球2026の日本男子代表メンバーは誰ですか?
A: 張本智和(トヨタ自動車)、松島輝空、戸上隼輔(イムラヤグループ)の3名が主力として準決勝を勝ち抜き、決勝進出を決めました。
Q: 中国は世界卓球男子団体戦で何連覇中ですか?
A: 2026年大会前の時点で11連覇中です。1971年以降、中国以外が優勝したのはスウェーデンが3回のみで、圧倒的な支配が続いています。
Q: 日本女子も世界卓球2026の決勝に進出していますか?
A: はい、早田ひな、張本美和、橋本帆乃香が代表として決勝進出しています。男女同時優勝となれば、世界卓球の団体戦史上初の快挙となります。


コメント