2025年、日本で生まれた子どもは66万7542人だった。統計を取り始めた1899年以来、最も少ない数字だ。
重い数字だ。
前の年、2024年は68万6061人。これも過去最少だったが、それをさらに下回った。そして2026年のこどもの日を迎えた今、専門家の間では「今年は60万人を切るかもしれない」という声が出ている。理由の一つは、60年に一度の「丙午(ひのえうま)」という干支の巡り合わせだ。
笑えない話だ。
過去:1949年269万人→2025年66万人、何が起きたのか
戦後まもない1949年、日本の出生数は269万人を記録した。第一次ベビーブームの絶頂期だ。あの時代、日本は焼け野原から立ち上がりつつあり、復興への希望と人口増加が重なっていた。「産めよ増やせよ」という空気があったのか、あるいは単純に選択肢が少なかったのか、それはよくわからない。ただ、数字だけは残っている。269万という数字が。
そこから日本の出生数は、長い時間をかけてゆっくりと減り続けてきた。1971年から1974年には第二次ベビーブームで一時的に200万人台を回復したが、その後は右肩下がりが続いた。2000年に119万人、2010年に107万人、2020年に84万人。そして2024年に68万人を切り、2025年に66万人台へと落ちた。
高度経済成長期から始まった出生数の長期低下
1960年代、日本は高度経済成長のただ中にいた。都市への人口集中が起き、核家族化が進み、女性の社会進出が始まった。大家族で子どもを育てる時代から、夫婦と子ども1〜2人の「標準家族」へのシフトが起きたのもこの頃だ。
経済が豊かになるにつれて、子育てにかかるコストの「概念」が変わった。「食わせる」だけでなく「教育を受けさせる」「習い事をさせる」「塾に通わせる」というコストが、子どもを産む・産まないの判断に影響し始めた。豊かになることで、子どもを「たくさん産む」から「少なく、手厚く育てる」方向に社会全体の価値観がシフトしていった。これは日本だけの現象ではなく、経済が発展した国では普遍的に起きることだが、日本ではその速度が特に速かったらしい。
「想定より17年早い」と言われる理由
国立社会保障・人口問題研究所が2017年に公表した将来推計では、2024年の出生数を約92万人と見込んでいた。実際は68万6061人。その差、24万人。つまり、想定していたペースより少子化が急速に進んでおり、「17年分早い」と言われている。
…いや、これは「17年早い」というより、もはや軌道修正が必要なレベルの話だと思う。推計がこれだけズレると、社会保障の設計そのものを見直さなければならない。
なぜここまでズレたのか。研究者の間でも意見は分かれているが、よく挙げられるのはコロナ禍の影響だ。2020〜2022年の婚姻数の激減が、その後の出生数に直撃した。結婚と出産の結びつきが日本では依然として強いため、婚姻数が減れば出生数もほぼ連動して減る。パンデミックがその傾向を加速させた面は否定できない。
現在①:こどもの日に直視する2026年のリアル
2026年5月5日、こどもの日。街には鯉のぼりが泳ぎ、ニュースでは子どもたちの笑顔が映し出される。その裏で、少子化の統計は粛々と更新されている。
2026年の出生数予測は、現時点では「60万人前後」というのが専門家の見立てだ。2025年の66万7542人からさらに落ちる可能性が高い。そして今年は、この問題に一つの「特殊要因」が加わっている。
2026年は60年ぶりの「丙午(ひのえうま)」──迷信が現実に影響するか
丙午とは、十干十二支の組み合わせによる干支の一つで、60年に一度めぐってくる。2026年がまさにその年に当たる。
60年前、1966年の丙午年に何が起きたか。出生数は前年比で約25%減、約46万人減という急落を記録した。1965年の182万人から、1966年は136万人へ。合計特殊出生率も1.58にまで落ちた(当時としては異例の低水準)。翌1967年にはほぼ元の水準に戻ったので、「丙午の影響」と見るのが定説になっている。
ただし、現代で同じことが起きるかについては慎重な見方もある。ある調査によれば、丙午を「気にしない」と答えた人は76.2%にのぼるという。迷信を信じる人の割合は60年前とは比べものにならないほど少ない。
それでも。
現在の出生数にさらに2割の「丙午効果」が乗れば、60万人割れはほぼ確実になる。「気にしない」が76%でも、残り24%が「少し気にする」なら、その分だけ出生数は落ちる。統計は個人の信念ではなく、行動の積み重ねで決まるから。
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「丙午の女は夫を食い殺す」360年続いた迷信の正体
丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を早死にさせるという迷信は、江戸時代の歌舞伎や浄瑠璃に登場する「八百屋お七」の話に由来するとされている。1682年、丙午の年に火付けの罪で処刑されたお七の話が劇的に脚色され、「丙午の女は恐ろしい」というイメージが広まったと言われる。
360年以上前の話だ。それが昭和の日本でも統計に影響を与えるほどの「実害」をもたらしたのは、ある意味で驚異的だと思う。迷信と呼ぶには、あまりにも具体的な数字の痕跡が残っている。
令和の今、同じことが起きるとは考えにくい。でも「ゼロではない」という空気が少し漂っているのも事実だ。
現在②:なぜ子どもを産まないのか──若い世代のリアルな声
少子化の話をするとき、数字だけ並べても何かが欠ける気がする。結局、子どもを産む・産まないを決めるのは個人だから。その「なぜ」を聞かない限り、対策も的外れになる。
お金・時間・キャリアの三重苦
内閣府の調査などでよく出てくるのが「子育てにかかるお金の問題」だ。高校・大学の教育費だけで数百万円から1000万円超という試算もある。住居費、習い事、医療費……積み上げると「産めない」という結論に自然と行き着いてしまう。
時間の問題も深刻だ。日本の長時間労働文化は変わりつつあるが、まだ「子育てしながらフルタイムで働くのはしんどい」という現実がある。保育所に入れても、病気になれば仕事を休まなければならない。そのたびに職場に気を遣う。「また迷惑をかけた」という感覚が積み重なる。
キャリアの問題もある。特に女性にとって、出産・育児はキャリアの中断を意味することが多い。「産んだらもとのポジションに戻れるか」「昇進のチャンスを逃さないか」という不安は、現実の問題として多くの人が抱えている。
「産みたいけど産めない」と「そもそも産まない」の違い
少子化の議論で見落とされがちなのが、この二つの区別だ。
先月、大学時代の友人と久しぶりに飲んだ。彼女は32歳、共働きで都内に住んでいる。「子どもは好きだし、産みたいという気持ちもある。でも今の家賃と貯金と仕事の状況を考えると、踏み切れない」と言っていた。産みたいけど産めない、典型的なケースだ。
一方、「そもそも子どもを持つことを選ばない」という人も確実に増えている。それは価値観の変化であり、選択肢が増えた結果でもある。「DINKS(共働き・子なし)」という生き方が普通の選択肢として認知されるようになった。これを「問題」と捉えるか、「多様化」と捉えるかは難しいところだが、少子化対策という観点では、前者(産みたいけど産めない)と後者(産まない選択)では必要なアプローチが全く違う。
今の政策は、どちらに向けたものなのか、正直よくわからないこともある。
未来①:このまま進むと日本はどうなるか
2060年、日本の人口は8000万人を切ると試算されている。現在は約1億2000万人だから、30年余りで4000万人近く減る計算だ。
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2060年には人口が8000万人を切る試算──何が変わるのか
人口が減るとは、どういうことか。単純に人の数が減るだけでなく、構造が変わる。
今の日本は、65歳以上の高齢者が全体の約29%を占めている。2060年には、この比率が40%に近づくという推計がある。働く世代(15〜64歳)1人が支える高齢者の数が増える。今でも「現役2人で高齢者1人を支える」という状況になっているが、それがさらに進む。
地方の消滅はもっと早いペースで進む。若者が都市に集中し、地方の小さな自治体では学校が閉まり、病院が減り、インフラの維持さえ難しくなる地域が出てくる。「消滅可能性都市」という言葉が出て久しいが、現実はその予測通りに進んでいる。
社会保障・経済成長への影響──数字で見る深刻さ
社会保障費は今後も増え続ける一方で、それを支える現役世代は減る。年金・医療・介護の三本柱すべてが、同じ構造的な問題を抱えている。
経済成長という面では、人口減少は内需縮小を意味する。家が売れない、車が売れない、食料消費が減る。企業は国内市場を諦めて海外に出るか、縮小均衡を選ぶかの二択を迫られる。移民の受け入れや生産性の向上で補う議論はあるが、どちらも一朝一夕に解決できる話ではない。
未来②:「異次元の少子化対策」は本当に効くのか
2023年に政府が打ち出した「異次元の少子化対策」。その後も様々な施策が積み上げられてきた。効果はあるのか。
児童手当拡充・高校無償化・育休給付引き上げ──主な対策を整理する
2024年から2026年にかけて実施・予定されている主な少子化対策を整理すると、大きく4つになる。
一つ目は児童手当の拡充。所得制限が撤廃され、高校生世代(18歳まで)への給付が拡大された。第3子以降は月3万円の給付になり、多子世帯への支援が手厚くなった。
二つ目は高校無償化の拡大。従来の制度を拡充し、私立高校も含めた授業料の実質無償化が進んでいる。
三つ目は育休給付の引き上げ。育休中の給付率が、手取りで実質100%になるよう引き上げる方向で検討・実施されている。
四つ目は「こども誰でも通園制度」。保育所に入れない子どもを含め、誰でも一定時間の保育サービスを受けられる制度で、段階的に展開されている。
それでも「焼け石に水」という声が消えない理由
対策の内容自体は悪くない。問題は、これで出生数の減少が止まるかどうかだ。
率直に言うと、懐疑的な専門家は多い。
理由は一つではない。まず、出生数の減少は「経済的な問題だけ」で説明できない。価値観の変化、晩婚化、未婚率の上昇といった構造的な変化が複合的に絡み合っている。お金を配るだけでは、未婚の人が結婚するわけではないし、「産まない選択」をした人が産むようになるわけでもない。
また、少子化対策の効果が出るまでには時間がかかる。今年の対策が出生数に影響を与えるのは、早くても数年後だ。さらにその子どもたちが社会を支える立場になるのは、数十年後の話になる。つまり、どんな対策を打っても、目に見える効果が出るまでには相当な時間がかかるということだ。
フランスやスウェーデンは手厚い育児支援で出生率をある程度維持しているが、それでも日本ほど急激な低下は起きていない。歴史的・文化的な背景が違うため、単純に「あの国の政策を真似すれば解決する」とはならない。
こどもの日に一人の大人として考えること
こどもの日という祝日は、「子どもたちの幸福と母親に感謝する日」として1948年に制定された。子どもを祝う日だ。
でも今年のこどもの日は、その「子ども」が減り続けているという現実と向き合わざるを得ない。
僕には子どもがいない。産む・産まないの話は、自分事としても複雑な感情を伴う。友人の中には「産みたいけど踏み切れない」という人も、「産まないと決めた」という人も、「産もうと頑張っている」という人もいる。どれも正直な選択で、どれかが間違っているとは思わない。
ただ、社会全体で見たとき、このまま出生数が落ち続ければ、日本という社会の形が根本から変わることは避けられない。年金が、医療が、地方が、経済が。「自分には関係ない」で済む話ではなくなってくる。
対策が「焼け石に水」かどうかはまだわからない。でも水をかけ続けることをやめたら、確実に燃え続ける。異次元の少子化対策が本当に機能するかどうかは、これから5年・10年の数字を見なければわからない。
今日のこどもの日、鯉のぼりを見ながら、60万人という数字のことを少し考えてみた。それだけでいい気がする。何かが劇的に変わるわけではないけど、知っていることと知らないことでは違うから。
よくある質問(FAQ)
Q: 2026年の出生数は本当に60万人を切る可能性があるのか?
A: 2025年の出生数が66万7542人で、丙午効果が加わると2割程度の減少も想定されるため、60万人割れの可能性は十分あります。ただし丙午を「気にしない」人が76%以上という調査もあり、影響の度合いは現時点では不明です。年末の確定値が注目されます。
Q: 丙午(ひのえうま)はなぜ出生数に影響するのか?
A: 「丙午生まれの女性は夫を食い殺す」という江戸時代以来の迷信が根強く残っており、1966年(前回の丙午年)には出生数が前年比約25%減という異例の落ち込みを記録しました。現代では迷信を気にする人は少数ですが、それでも一定の影響が出る可能性があります。
Q: 少子化が進むと年金や社会保障はどうなるのか?
A: 現役世代が減ることで、一人あたりの社会保障負担が増えます。年金は給付水準の調整(マクロ経済スライド)が続き、実質的な受取額は低下傾向にあります。医療・介護の財源問題も深刻化しており、制度の持続性には改革が不可欠です。
Q: 政府の少子化対策(児童手当拡充など)は効果があるのか?
A: 経済的支援の拡充は「産みたいけど産めない」層には一定の効果が期待されますが、未婚率の上昇や価値観の変化による出生数減少には直接対応できません。フランスなど出生率を維持している国と比べても、対策の効果が数字に表れるまでには数年〜10年以上かかるとされています。
Q: こどもの日(5月5日)はどんな意味を持つ祝日なのか?
A: 1948年制定の国民の祝日で、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことを目的としています。もともと端午の節句(男の子の節句)でしたが、現在はすべての子どもを祝う日として親しまれています。


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